真夏のプリパラ地方巡業第二弾ッ! というわけで、北海道を舞台に展開される、アイドルタイム第20話。
序盤から引っ張ってきた主人公の兄・夢川ショウゴとの反目を一気に解消し、兄妹の関係をぐっと近づけるお話でした。
ただ兄妹が仲良くなるにとどまらず、ゆいがアイドルを目指したオリジンの再発見、自分を守ってくれる存在への感謝と謝罪、ショウゴ自身も見守られる存在だという描写と、非常に横幅広く豊かなエピソードでした。
正直『ここで解消しちゃうの!?』という驚きがないわけじゃないんですが、『このエピソードで解消してくれるなら、カタルシスも十分! ありがとう!!』という喜びもたっぷりあって、非常にいい話だったと思います。


というわけで、かなりど真ん中のいい話を展開する今回。
ショウゴお兄ちゃんとゆいの反目は、アイドルタイム始まってからずーっと引っ張ってきたネタであり、物語の種を巧く育てて大樹に育て上げる気持ちよさが、たっぷり詰まってました。
『イヤなお兄ちゃん』というのはあくまでまだまだ幼いゆいの主観であって、言うほど悪くない『普通の家族』でもあるとジワジワ積んできたのが、今回の変化に生きた印象です。

ショウゴは確かに妹をからかい、何かと反目するのだけれども、それは愛情に包まれた平和な家庭だからこそ可能な『仲の良い喧嘩』です。
先輩アイドルとしてプロフェッショナルに振る舞う様子、妹をからかいつつ気にかけている様子が、主筋を回す合間に細かく描写されてきたことが、兄の優しさと自分の憧れを『思い出す』今回、強力に効いてきます。
生まれたときから生活空間と時間、両親の愛情を共有(あるいは争奪)してきたからこそ、忘れてしまった感情。
成長とともに変化/変質してしまった認識を改め、自分の起源に立ち返るという意味では、第16話でみみ子がたどり着いた道のりと同じ話ですね。

アイドルタイム始まって以来、ゆいは視野の狭い子供だと描かれ続けてきました。
周りも見ない、後ろも振り向かない猪突猛進が無茶苦茶なエネルギーを生み、あるいは他者を引っ張り込み、あるいは不毛の地をアイドルの聖地に変える奇跡を成し遂げる。
そういうプラスの側面だけではなく、彼女の個性が取りこぼしてしまうマイナスも、このアニメはしっかり描いてきました。
兄への過剰な対抗意識と、『アイドルの先輩』として『WITH』のショウゴを見れない弱さは、その一環だといえます。


自分だけを見て走ってきたゆいは今回、アイドルタイムが開始以来初めて、『ありがとう』と『ごめんなさい』をショウゴに言います。
元々自分に近い存在(女性・アイドル仲間・マスコット)には感謝も反省も出来る子なんですが、反対の位置にいると思いこんでいた兄が実は自分の夢の起点であり、自分を守ってくれてもいたことに目を開く今回は、過剰なエゴイズムの反対にある価値に、ゆいを到達させる話だといえます。

それは対極であり対照ではあっても、片方が強くなればもう一方が失われてしまうような、ゼロサムゲームの関係にはない。
むしろ自分らしく『夢』を追いかけるためには、それを支えてくれる誰かが絶対に必要だし、夢は無からは生まれるわけではない。
誰かの背中に憧れ始めた『夢』の起源を思い出すことで、それに感謝すること、そして既に自分のものへと変化している『夢』を自分のものとして抱きしめ、より強い決意で走り直すことが可能になる。
第16話の段階ではまだうまくコントロールしきれなかった過剰なエゴイズム。
それに手綱を付ける方法を、我が家から離れたプラノで、ゆいは学ぶことになります。
それはグランプリに勝ったり、神アイドルになったりする派手な変化ではありませんが、自分という存在がどのように成り立っていて、これからどこに行くべきかというすごく当たり前の疑問、人間的な問いに小さな答えが出る、とても大事な変化だと思います。

今回ゆいが足を止めて過去と現在から学んだことは、旅が終わってドタバタな日常が帰ってきたときも、失われはしません。
ずーっと自分第一で走ってきた女の子が足を止めて、自分の一番近くに誰がいたのかを見つけたことは、お兄ちゃん以外と向かい合う時……例えばみみ子ともう一度対峙するとかに、すごく役に立つと思うのです。
まだ小さかったときの思い出の霧を払い、素直に過去と向き合うことで、大きくなってからのステージでも兄に守られていた真意を発見できる描写とかは、過去と現在の前向きな照応を巧く表現していたでしょう。
今回のステージをゆいが『お兄ちゃんにも届いたらいいな』と、他者への祈りを込めて演じたのも、その端緒なのかなとも思います。

これまでも夢川ゆいは存分に強く、特別でありふれた女の子だったわけですが、今回『お兄ちゃん』という一番近くて遠い存在から/への優しさを意識できたのは、人が一歩成長に近づく特別な日に相応しい変化だったのかな、と思います。
製作者が夢川ゆいの誕生日プレゼントに、特別なコーデとエスコートという見せ場だけではなく、内面的にとても小さな、そしてありえないほど大きな一歩を踏み出させたのは、凄い慈しみでしょう。
きれいな服やキラキラのステージへの憧れを売るアニメなのに、『子供はそういう形になるものより、もっと大事なものをバースデイ・プレゼントとして送られるべきだ』っていう答えが出てくるの、とにかく『強い』ですよね。


今回プラノの激しい試練(『現実とも幻想ともつかない玉蜀黍畑の中を、朦朧と走り回る子供』っていう絵は、ちょっとスティーブン・キングっぽいですね)に追い込まれることで、ゆいはどんどん虚飾を剥ぎ取られ、地金がむき出しになっていきます。
これまでゆいを守り、状況を進めてくれた虹色の幻想はここでは彼女を助けてくれないのも、今回は『幻想』ではなく『真実』がゆいを先に進め、変化させる燃料になるからです。
『大人には程遠いけど、完全に子供ではない』小学六年生の少女として、ゆいはどんどん過去に遡って自分の起源を思い出す。
気づけば知恵がつき、守られているだけで満足できないプライドが芽生え、素直さがかけてしまっていた『子供』は、兄に憧れ、兄に守られ、アイドルという『夢』に歩き始めた過去の自分を思い出すことで、周囲の人々に迷惑をかけ、助けられて進んでいける自分、それに感謝し何かを返せる『大人』へと、一歩を踏み出すわけです。

今回ゆいはすごく等身大の小学六年生として、注意深く描かれています。
プラノのめが姉が何度も『お手伝いをしてくれて偉いね』『誕生日なのに頑張ってくれてありがとうね』と言い続けるのは、学び変化していく『子供』としてのゆいを、画面に焼き付けるアンカーでしょう。
ゆいが兄(を代表とする他者)の優しさ、自分の『夢』を点火させここまで運んでくれた存在に感謝し、あるいは自分が突っ走った結果かけた迷惑を反省・謝罪出来る『大人』に近づく今回を、笑いで飾りつつもネタにはしないバランス感覚は、やっぱすごく優秀だと思うのです。

地面に足の付いた描き方は虹川兄妹の過去にも共通で、『お兄ちゃんなんだから、ゆいに手柄を譲ってあげなさい』という父母の言葉は、どの家庭でも現在進行形で発せられているものでしょう。
自分が築き上げたものを奪われることへの、当然の反発心が生活の中で積み重なり、気づけば兄妹の愛情に素直になれなくなるという過程も、納得がいくものでした。
いかにもアニメな外見と言動を繰り返しつつも、夢川兄弟が『どこにでもいる兄妹』の範疇に収まって、普遍性のある兄妹げんかを続けてきたことが、今回のお話を素直に受け入れる足場になっているわけです。

また虹川兄妹を太い軸として定めつつ、それを支える周囲の人々もさり気なく描き続ける筆も良かったです。
兄への反発に凝り固まってるゆいを心配し、『やっと笑った!』と言ってくれるらぁら。
ゆいにとってはお兄ちゃんだけど、まだまだ子供なショウゴを見守り、時に導いてくるWITHの仲間。
当人が気づかないとしても、色んな人がゆいとショウゴを見守ってくれている現実を丁寧に重ねるからこそ、最後の『みんなありがとう、ごめんなさい』という言葉が、成長の証として胸に滑り込んでくるわけで。
深さと横幅を両立させ、あくまで明るく楽しく説教臭くないよう気を配りながら、主人公が誕生日に成し遂げた成長を書き切った今回、すごく良かったです。


今回はショウゴの描き方もすごく良くて、ゆいよりは成熟して周りが見えているんだけども、自分の中で育ってしまった反目を捨て切れもしなくて、なかなか自分を制御しきれない思春期の描き方が、非常に瑞々しかった。
ゆいが『子供であると同時に大人』であるのとはまた違う形で、中学二年生のショウゴも『大人であると同時に子供』であるわけで、どっちかがただ導かれる側/導く側に別れるのではなく、お互い玉蜀黍の迷路で迷って自分を見つける『大人になれるかもしれない子供』なんだと定めたのは、とても良かったです。
家族であるゆいにとっては『年上のお兄ちゃん』って関係は動かないんだけども、WITHだとショウゴは最年少。
アサヒやコヨイが良い兄貴分として、年下の少年の頑なさをほぐしたり、守ったりしてる立場の自在さが、すごく良いんですよね。
そこが固定されちゃうと、まだまだ迷う必要があるショウゴが過剰に完成された存在になっちゃって、すごく窮屈だったろうな、と。

ショウゴも自分が妹を守って水に落ちたことは忘れてしまっていて、ただ父性に自分が手に入れたものを奪われたという記憶だけに捕らわれている。
ゆいが兄の背中に憧れた過去を忘れたように、ショウゴもまた過去を思い出し、自分がどういう気持で妹と向かい合っていたかを思い出す必要があるわけです。
年も性別も違えど、同じ屋根の下で時間を共有してきた兄妹が同じ道を辿り、同じように他社の掛け替えなさに向かい合える。
主役であるゆいだけではなく、ショウゴにもその道が開かれていたのが、今回とにかく良かったです。

ショウゴのゆいに対する優越性は年齢だけではなく、『アイドルの先輩』としての精神性にあると思うのです。
妹と張り合って暴走しているときでも、ファンの女の子がやってきたらショウゴは即座に『WITHのショウゴ』の仮面をかぶって、他者の喜びを大きくする姿勢を取る。
それはエゴに目隠しされたゆいにはない姿勢で、『アイドル』としてステージに上る彼女には絶対必要な姿勢でもあります。
今回『お兄ちゃんであるショウゴ』への反目を外して、素直な気持ちで向かい合ったことで、『WITHのショウゴ』からも多くのものを受け取る準備が出来たのかなぁ、などと思いました。
『みんな』のためにメイドさん頑張って、重いお米を運んだのもその一端かなぁ。

他にも『やる気・元気・本気』というモットーを裏切らず、汗だくになって妹のもとに駆けつけてくる真摯さとか、とにかくショウゴが好きになれるエピソードでした。
ギャイギャイいがみ合う中にも『いいお兄ちゃん』オーラは出してる子だったわけですが、ゆいの迷い路に付き合う形で素直な姿が見れて、グッとキャラとの距離が接近しました。
こういうエピソードがしっかり造れると、そのキャラクターだけではなくキャラが生きている作品世界、物語全体に体温が宿って、より本当らしく受け取れるようになります。
そういう汗と体温出すのって難しいけど、すごく大事だと思いますね、やっぱ。


というわけで、シリーズ序盤から引っ張ってきた兄妹の和解が果たされる……だけではなく、それを足場に夢川兄妹が大事な一歩を踏み出せるエピソードでした。
人に感謝、素直に謝罪。
当たり前だけどなかなか出来ない美徳を主人公たちが手に入れた時、すごく実感を持って『良かったね』といえるのは、アイドルタイムがカタにハマった優等生ではなく、欠点やエゴも当然背負った一人間として、キャラクターを作ってきた結果だと思います。

色々ダメダメで、小さな手では救いきれないものもあって、でも『夢』に導かれて一歩ずつ前に進んで。
そういう歩みをコンパクトに積み重ね、神ならぬ人間の話をしっかり見据えながら進んできたアイドルタイムの、一つの記念碑になるエピソード。
それが主人公の誕生日に送られたのは、本当に豊かだなぁと思います。
今回の事件がすごく大きなプレゼントであり、同時にそこからさらに大きく成長できる可能性を一番大事にしてるところとかね。
アイドルタイムプリパラ、俺好きだなぁ。

そして巡業は大きく南に下って四国香川、麺類大好きミーチルの出番であります。
年下保護者のガァルマゲも出張して、ドタバタ賑やかな話になりそうですが、さてどうなることやら。
ババリア校長、みみ子につづいてお兄ちゃんも攻略されちゃったので、話の軸はミーチルとファララ&ガァララに写ってくると思います。
地縁から解き放たれたリゾートの開放感を活かし、これまでのみちるとはちょっと違う顔が見れると、とても楽しそうですね。